コラム
枝光小学校の新校舎のことをもう少しご紹介しますと、
エレベーターは、お年寄りや障害者に優しいバリアフリー対応、
屋上の太陽光発電設備は、
環境学習の教材として設置されたそうです。
枝光小学校は、後者全面改築に伴い、
2年間、旧山の口小と統合してひびきが丘小になった
旧大場谷小の旧校舎で授業をしてきました。
ところが、この旧校舎は、
4月から校舎改築に入る戸畑区の大谷小が
使用することになったため、
1月25日に校舎をバトンタッチする引継ぎ式が行われたようです。
当日は、両校の全児童が参加し、
枝光小がひびきが丘小から思い出を込めて贈られていた
大きな「銀のカギ」を大谷小にバトンタッチしました。
歴史ある校舎を大切に使う心の引継ぎだったのです。
では、私が知っている30数年前の枝光小のことを。
私は確かS43年の入学のはずですが、
私が入学する直前に旧校舎が新築され、落成式があり、
運動場が拡張されたり、スタンドが完成されたようでした。
幼稚園に通っている頃、工事やっていることは知ってましたから。
そういえば、
当時はまだ真っ白だったあの名物のスタンドが好きでしたね。
運動会の時には、ご家族の方でびっしりと埋まり、
今思えば競技場での観戦のような光景でしたね。
なんといっても“川中島”(=騎馬戦)が好きでした。
赤白交互に、詩吟を謡ってましたよね!
「鞭聲粛々ー(べんせいしゅくしゅく〜」、「いでこのたびは信玄をー」
本格的な騎馬戦で、旗持ちもいました。
帽子を取るなんてもんじゃなく、
短パンだけの裸での取っ組み合いで、相手をなぎ倒すのです。
男子児童にとっては、とても興奮するものでした。
そういえば、電話の普及率も100%でなかった当時は、
花火が上がれば運動会決行だったはずです。
3年生か4年生の頃もどこか改築してました。
2年生までは、たしか木造の校舎だったような。。。
学校敷地内のプレハブの校舎で学ぶ児童に気の毒に思ってました。
ちょうど花壇があるあたり。
当時初めて、プレハブという言葉を覚えましたね。
そういえば、隣にある小鳩幼稚園(こばと)がどうなっているかと調べたら、
こちらもキレイな園舎に変わってました。
園舎に隣には、洞窟があったのですが、どうなったのでしょう。
真っ暗な洞窟でとても怖かった記憶があります。
防空壕だったのか、武器庫だったのかなどまったく不明です。
野放しでそこに立ち入ることができること自体、
現代の感覚では管理上の問題があるのでしょうが、
当時はスリルがあってそれなりに楽しんでましたね。
枝光小に隣接して、保育園、幼稚園、中学校、高校と、
下から順に存在し、学園都市を形成しています。
昔は八幡大学という名前だった九国大までそびえたってます。
八大付属(はちだいふぞく=八幡大学付属)も、
今は、九国大付(きゅうこくだいふ=九州国際大学付属)だという。
校舎から見える景観には、洞海湾、八幡製鉄所の工場群、
若松の石嶺山系、皿倉山系などが望めます。
今では、黒崎・八幡あたりの高層建築物が見えるはずです。
この自然環境は教材として十分に活かせる珍しい場所に位置するのです。
山に張り付くように密集した家々
気が遠くなるような上りの階段にうんざりしたこと
戸畑に抜けるJRのトンネル開通前に遊んだこと
(以前は、もっと洞海湾寄りに旧国鉄が走ってた)
その頂上からは空気が汚れて下界が見えなかった皿倉山
洞海湾のヘドロ
西鉄路面電車
光化学スモッグ
けんかごま(ひらごまやへそごま)
・
・
・
私は6年生の春に転校してしまい、そこで時間が止まったまま。
でも楽しかった当時の風景や記憶は、今も強烈に残ってます。
今も思い出を食べ続けているわけなんですよね。
どこかで枝光小学校の同窓会やってないかなー
・創立 明治42年(1909)年
・所在地 八幡東区枝光4-12-1
・児童数 297人(4月見込み)
・学級数 各学年2の計12および養護学級1
・校長 原 敏夫氏




